
29日リー・クアンユーの葬儀が行われた。
シンガポール建国の父と言われていますが、
1959年に首相に就任してから30年以上国を引っ張り続け、
1990年に辞任した後も影響力を持ち続けた人です。
LKYが1959年に首相に就任した時、
シンガポールの人口は200人に満たなかったそうですが、
現在では600万人近くになっています。
しかし、その多くは外国人で、
それが東南アジアの金融・技術大国になる一助になったようです。
1960年のシンガポールGDPは10億ドル(約1200億円)未満だったが、
2014年には3000億ドル(約36兆円)に近づくほどになっている。
また一人当たりのGDPも1960年に427ドル(約5万円)だったものが、
2014年には5万5000ドル(約660万円)を超えた。
これは世界第8位の水準でアメリカ5万3000ドル(約636万円)同第9位をしのぐ。
ちなみに、日本に至っては、3万8400ドル(約460万円)同24位であるから、
これは驚異的なサクセスストーリィーと言える。
そのストーリィーを書いたのがLKYなのだ。
ほとんど何もないところから、
本当に意味のあるものを作り出す方法を編み出したのだ。
それは、小さな島国を経済の巨人に作り変える方法でもあったのである。
私は、シンガポールを目的に観光に行ったことはありませんが、
20数年前に観光でバリ島に行った際に、
帰りの飛行機をシンガポール経由で名古屋に帰ったことがあります。
飛行機の待ち時間が4~5時間ほどあり、
仕方なく(?)市内観光をしたことがあります。
その時の若いガイドが、
車の中で、こちらから何も聞かなくても
LKYのことを熱く熱く語っていたことを思い出します。
その時は、すでに首相は引退していたと記憶していますので、
引退しても若者達に絶大なる影響力があるんだと思いました。
たった4~5時間の滞在時間でしたが、
LKYの葬儀のニュースを見てその時の若者のことを思い出しました。


