被災地に行ってきました

村瀬です。
東日本大震災が起きてからもう2年も経ちましたね。
当時、私は津波の映像をテレビでずっと見ていました。
津波が町を丸ごと飲み込んでいく非現実的な映像に
非常に恐怖を感じた事を覚えています。
自分の家がなくなったら・・・
家族が死んだら・・・
友達が死んだら・・・
故郷がながされてしまったら・・・
自分が死んだら・・・
色んな事を想像し、「生死」について深く考えました。
先日、その津波の被害を受けた、南三陸・気仙沼・陸前高田などに行ってまいりました。

二年も経ってしまいましたが、
同じ日本で起きている「現実」をしっかりと自分の目で確かめ、
体で感じようと思ったからです。
震災当時は家や工場、スーパーや工場などのガレキが散乱していたと思いますが、
二年経った今、現地はまだまだ「あと数年でガレキを片付け終える事ができそう」
というぐらいの状態で、何もない土地がずっと続いていました。
ですが、まだまだ解体できていない建物も多く、
住宅地(であったであろう所)は基礎だけが残っていました。


こんな光景が続きます。


町が丸ごとなくなっていました。


海水につかってしまった植物は枯れ、森は伐採されています。


この町並みを見た時心が痛くなりました。
数年前までは「ただいまー」と言って普通に暮らしいたんでしょうね。
この景色がずっと続きます。


家族の思い出が詰まった家がなくなるとはどんな気持ちなのでしょうか。


「奇跡の一本松」は本当に奇跡だと思いました。

被災地を見て、率直に単純に感じた事は「おれだったら耐えられない現実だ」という事です。
住む場所を失い、大切な人を失う。
それでも生き続けていかなければいけないんですよね。
ビートたけしが震災当時「2万人が死んだ事件が1件起きた」、と捉えてはいけない。
「大切な家族を失う事件が2万件起きた」と捉えなければ本質を捉える事ができない。
と言っていた事を思い出しました。
それを改めて感じた日になりました。
そして、道の途中いくつもの仮設住宅を見ました。
被災された方の多くは、そういった所にお住まいなのだと思います。
ニュース等で「いっこくも早く落ち着いた所に住みたい」耳にする機会も多いですね。
やはり安心した暮らしには「家」の存在が大きいのではないでしょうか。
今回、そういったところもより一層強く感じる事ができました。
今回の経験を何に活かしていけるかはまだわかりませんが、
実際に足を運んでみてよかったなと思っています。

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